数学ができるようになるためのたった1つのこと 最終回

普通の市立中学などでハッピーな数学ライフを送るための方法を話していた。
それには、「1つのものを2つの数で表す思考」を身につけるべき、
というのが、私の主張である。
 
前回までに、その「思考」とはどのようなものかを説明した。
今回は、それがなぜ重要かという話をしたい。
 
中学数学の入り口はどこだろうか。
ひとつには「正の数・負の数」というものがある。
しかし、それは、たぶん、授業さえ聞いていれば誰もつまづかないと思う。
文字式の計算も同様だろう。
 
「中学数学最初の難関にして、そこさえクリアすれば、あとは結構大丈夫。
 クリアしそこなうと大変まずい」というものは、方程式ではないだろうか。
これこそ、まさに、「算数ではない、数学」という感じがするし。
私が、「1つのものを2つの数で表す思考」が重要と言い出したのは、まさに
方程式においてである。
(もちろん、他の分野でも使われるが、それは方程式をクリアしてこそ、だ。)
 
実は、方程式自体、よく考えると、「1つのものを2つの数で表す思考」を
利用しているとも言える。
ただし、片方はxを含む数式で、他方が数そのものであったりする。
たとえば、「ある数の3倍から2を引くと16である。ある数は?」という
問題があったとしよう。それは、「ある数の3倍から2を引いた結果」を、
一方では「3 x - 2」と表し、他方では「16」と表す。
そして、それらを等しいとおくことで方程式ができるわけだ。
 
ただし、これは、少々こじつけ的説明でもある。
と言うのは、これも、授業さえ聞いていれば、わかると思うからだ。
ただ、「1つのものを2つの数で表す思考」を利用する1例であることを示した
かっただけである。
 
中学生にとって方程式の困難は、もう少し難しい問題で現れる。と思う。
たとえば、ツルカメ算である。
ただし、ツルカメ算に関して言うと、中学校でかなり徹底的な練習を
するようだ。(息子のときも娘のときもそうだった。)
あのくらいやるなら、ツルカメ算自体は、解けるようになるだろうと思う。
(くどいようだが、まじめにやれば、の話である。)
 
定期試験ということなら、その辺で終わりだろうし、「クリア感」もある
かもしれない。しかし、また別の問題が出ると、とたんに、多くの中学生は、
難しいと感じるのではないだろうか。
 
たとえば、
 
 家から駅までの間の2/3を時速10kmで進み、残りを時速4kmで進んだところ、
 27分かかった。家から駅までの距離を求めよ。
 
という問題はどうだろうか。
思うに、こういう問題は、ほとんどストレスなく解ける子とそうでない子に
わかれるような気がする。
 
それまでまじめに授業を受けて、ツルカメ算の練習もちゃんとしたのに
この問題が解けない子は、「なんだこれは?」と思うだろう。
一応言っておくと、この問題も練習すれば解けるようになるはずだ。
たぶん、まじめな子は練習するに違いない。
しかしまた、ちょっと違ったタイプの問題が出るとまた解けなかったりする。
いや、それも練習すれば解ける。
しかしまた、ちょっと違ったタイプの・・・。
その辺で、もういい加減、嫌になる可能性も高い。
 
どの問題でも本質は同じだから、上の問題で考えよう。
これは、家から駅までの距離をxとおいて、下の図のように考えればよい。
 

 
もちろん、
 2/3 x ÷ 10 + 1/3 x ÷ 4 = 27/60
で、xは3である。
 
えーと。ここでは、この問題の解説をしたいのではない。
上の図(の類似品)は、たぶん、どの先生も描いて説明するだろう。
すると、一部の中学生は、その説明を聞き、少し練習すれば、
「少々違う形式の、しかし、本質は同じ問題」を解けるようになる。
一方、他の中学生は、なかなかできるようにならない。
それは、なぜか、ということだ。
 
それは、「1つのものを2つの数で表す思考」が算数時代に身についている子
とそうでない子の違いではないか。というのが、私の主張点である。
 
「1つのものを2つの数で表す思考」が身についている子は、上の図の説明を
明確に言語化はしなくても、「一般的なもの」として理解できる。
(細かくは言わないが、上の図と前々回の「棒の問題」とには、多くの
 類似点があることを見ていただきたい。)
だから、本質が同じ問題なら、見た目が違っていても、「同じ問題」として
処理できるのだと思う。
「本質が同じ問題」とは、つまり、方程式の問題全部のことである。
(もちろん、それぞれ、多少の練習は必要である。)
 
ちょっとしたことを言うと、上の問題には「速さ」がからんでいる。
これも、多くの小学生・中学生にとって「壁」になると思う。
「速さ」をちゃんと扱えないと、上の問題は、「方程式の問題」となる以前に
解けないのだ。
ところで、「速さ」を理解することも、やはり、「1つのものを2つの数で
表す思考」の仲間であることは、前回説明した。
実は、この話は、上記の私の主張と同じことであり、その反復に過ぎない。
同様のことは、「濃度」や「(もうけ率付きの)値段」の問題でも言える。
 
「1つのものを2つの数で表す思考」という言葉にこだわる必要はないのが、
いずれにしても、前回説明したような考え方に習熟していないと、
方程式をすぱっと立てられないのではないかと思うのだ。
 
そうであるなら、「数学がわからない」のではなく、それ以前のところで
つまづいているのだ。それにもかかわらず、「数学がわからない」と思って
しまうのは、まずいだろう。
診断が間違えば、当然、正しい治療も行えないからだ。
 
そのような子に、「たくさんの方程式の解き方」を見せても、ただの
「無味乾燥な暗記物」にしかならないのではないかと思う。
(そのような勉強から「つかんじゃう子」も出るだろうが。)
その子に必要なことは、一歩戻って、「1つのものを2つの数で表す思考」
(つまり、「割合・比的なもの」)をやり直すことではないかと思う。
 
しかし、それは、ちゃんとした指導者がいないと非常に難しいと思う。
たくさんの生徒をかかえている中学校の数学の先生に、個別の指導を期待
するのは、酷なように思う。
 
だからこそ、小学校で、このような考え方を身につけておくべきだと思うのだ。
 
一応終了。