今の問題と遠い記憶

たとえば、数学の定理には、いくつかの「部分」がある。
名前、本文、式、図、証明、例などである。
 
三平方の定理で言えば、「三平方の定理」が名前、「直角三角形において、
斜辺の2乗は、他の辺のそれぞれの2乗の和に等しい」というのが本文、
「a^2 + b^2 = c^2」が式、直角三角形の各辺上に正方形が描いてある
(2つの小さい正方形の面積の和が大きい正方形の面積に等しい)のが図で、
証明は(略)で、「辺の長さが3、4、5の直角三角形」などが例だ。
 
では、名前、本文、式、図、証明、例の中で一番重要なのは何だろうか。
あ、もちろん、「学習」という観点で。
 
答があるようなないような問である。
 
ここで、ちょっと思い出話を。
昔々、たしか、私が小学校中学年くらいの頃。
授業中、先生が、人の体について話されていた。
そして、「ところで、人の体の中で一番大事なのは何だと思う?」と質問された。
(不思議なことに、このあたりから以下のことは思い出すのだが、それが、
 何先生だったか、以下で出てくる同級生も具体的に誰だったか思い出せない。)
 
誰かが「脳!」と答え、別の誰かが「心臓!」と答えた。
そして、おそらく、誰もが、「うん、うん、リーズナブルな答が出たぞ」と思った。
と思う。
のだが、先生はさらに質問された「じゃ、脳と心臓、どっちが大事なのかな?」。
 
これは、クラスをパニックにする質問だった。
そんな質問があろうとは、小学生の私たちは面食らったのだ。
状況からして、「どっちも」という答はあり得ない。
 
「脳だっ」「いや、心臓だっ」と叫びだす元気のいいやつらもいたと思う。
後ろの机の友人に話しかける子もいた。
私は、「疑問」というより、「言いようのない不安」にかられたような気がする。
で、散々議論して、「先生、どっちなんですか?」と聞くと、先生はニヤリと
笑って、「やっぱり、どっちも大事なんですね」。
みんなちょっとした落胆の声をあげたような気がする。
 
が、今、思うと、先生のこの質問は実に教育的だったと思う。
結論は、「脳と心臓、どっちも大事」という至極当然のものだったが、その結論に
到るまで、みんな、脳や心臓の働きについて、普段より真剣に考えたからだ。
体の他の部分の重要性を主張する子も現れた。
 
思い出話はここまでで、最初の質問。
名前、本文、式、図、証明、例の中で一番重要なのは何だろうか。
「学習」という観点で。
 
この問は、生徒に発せられるべきものではなく、指導者に、つまり、
私に発せられるべきものである。