伸展と強化について 最終回

なんだか、延び延びになってしまって何の話だかわからなくなりそうだが、
最後に残った話題は、「知識間のつながりを見つけていく」ための手段と
しての「ノートを作らせる」について。だった。
 
「ノートを作らせる」ということには、いろいろ微妙な問題がある。
たとえば、よく言われていることに、
「きれいなノートを作っている子供は、ノートを作ることに精力を使いすぎて、
 覚える方に努力がいかないことがある(あるいは、多い)」
というものがある。
「だから、きれいなノートなんか作らせるべきではない」という意見もある。
(内申重視型の入試が主流である地域の中学生の授業ノートは、
 評価の対象となっているので、いろいろ困ったことが起こる。
 が、まあ、それは別の話。)
  
実感として、私は、そういうことはあると思う。
しかし、まあ、「(自分が気に入る範囲で)きれいなまとめノート」を作ることは
よい習慣だと思う。
 
私がここで、主張したいのは、
 
 自分が学習したことを可視化するためのノート
 
を作ってもよいのでは、ということだ。
 
「自分が学習したことを可視化するノート」と言うとなんだかすごそうだが、
「そういう意味のノート」というだけのことで、書く内容はごく普通に
「まとめ」であればよいと思う。
ただし、教科書のまとめをただ写すのではなく、自分なりの工夫を入れて
まとめることが望ましい。
 
そのようなノートを、前の方を何度も見直しながら、作っていくことができれば、
それは、そのまま、「新しく覚えた知識とすでに持っている知識を比べる」という
ことをし続けることになると思うのだ。
私は、これはいいアイデアだと思う。
 
しかし、私自身、なかなか成功しないことも事実だ。
その理由は、
 
 ・やる気がなくなる
  (単なる気力の問題として。)
 ・知識の体系が変化して、前に書いたものが陳腐化する
  (しかし、書き直す気になれない。)
 
である。
 
こういうノートを一人で作っていくのは、いろいろ大変なのだ。
大人の私でもそうなのだから、子供には、なおさらだろう。
したがって、子供に上記のようなノートを作らせる場合、定期的に大人が声を
かけるとよいと思う。
それで、少なくとも、「やる気の減退」には対処できるかもしれない。
 
しかし、その内容が陳腐化した場合どうするか。
これは、子供の様子をみて決めていくしかないと思う。
 
このエントリーはここまでとします。
 
おまけ:
ノートに関しては、もう少し考えがまとまったり、経験値が上がったりしたら、
書いてみたい。