自分と子供たちのための数学学習法7

「ミエミエの」であれ、「応用問題風」であれ、基礎的技能訓練に
楽しさを感じるとしたら、それはなぜだろうか。
私は、それは、(勝手に名づけると)「成長感」ではないかと思う。
これが、最近、ツラツラ考えてきたことの結論だ。
 
が、その考察をする前に、似ているけど(おそらく)違う、しかし、
大いに関係すること2つについてコメントしておきたい。
これらについては、ここでコメントするだけで、当面は深入りしない。
 
1つは、「達成感」だ。
数学の問題を解いて楽しいのは、まず、間違いなく「達成感」と
関係があると思う。やったあ〜、解けたぞおおおお、という。
しかし、これは、単純なだけに、だからどうしろという考えが
浮かばない。
「うまいこと達成感のある問題に行き当たるといいね」というか、
あるいは、指導者としては、「そういう問題を与えてあげたいね」
とは思うのだが、、、。
ここでは、これ以上、論じない。
 
もう1つは、「自分の未来へのポジティブな気持ち」だ。
子供は、「自分の未来を、ぼんやりとしか感じられないだろう」と
言ったが、もちろん、ぼんやりとでも、ちゃんと(?)感じているはずだ。
そして、それは、当然、ポジティブなもののはずだ。
(あるいは、「ポジティブであるべきだ」。)
そもそも、勉強をするのは、「自分の未来へのポジティブな気持ち」が
あればこそだと思う。
(「仕事の勉強」まで含めれば、大人も同じだと思う。
 大人が(「仕事に必要な勉強」も含めて)勉強しなくなるとすれば、
 それは、学校がないからでも、時間がないからでもなく、
 そういう気持ちが減っているからだと思う。)
 
しかし、「子供に勉強をさせるために、未来についてのポジティブな
気持ちを持たせよう」と言うならば、それは、ぜっっったい、おかしい。
順序が逆だ。
自分の未来についてポジティブな気持ちを持てないなら、それは、
命にかかわる一大事であって、数学どころの騒ぎではない。
 
とは言え、そういう気持ちは、子供はみんな持っていると思う。
注意すべきことは、「数学のテストで悪い点を取った」なんてことが、
そのポジティブな気持ちをすり減らすことのないようにしたい、という
ことくらいだろう。
この話もここまで。
 
で、「成長感」の話は、あとで。
ただ、その前に、問題例を挙げたい気もする。元気なら。