小学生教育の次に来るもの

前にも似たようなことをたくさん書いた気がするが...。
 
このブログは、子供の教育に関して、頭の中を整理するために書いている。
自分が書いたものの中で、今、一番気に入っているのは、
 
 サッカーがうまくなりたければサッカーの練習をすべき
 
だ。つまり、野球の練習をしてもサッカーはうまくならない。また、野球も
サッカーもうまくなるような普遍的な方法を追い求めても、あまり
意味が無いのではないか、ということだ。そんな「普遍的な方法」は、
1.ない 2.あっても見つからない 3.あっても平凡
のどれかだろうと思う。
個人的には、3だと思う。「普遍的な方法」とは、つまり、基礎トレだ。
しかし、基礎トレだけやっていてサッカーがうまくなるはずはないだろう。
 
で、本当にしたいのは勉強の話。
つまり、数学ができるようになりたければ数学を勉強するのが一番、
国語ができるようになりたければ国語を勉強するのが一番、と思うということだ。
 
数学も国語もできるようになる普遍的な「金言」はあるだろうか。
あると言えばある、ないと言えばない、だと思う。
たとえば、「その教科を好きになること」は、普遍的な金言だと思う。
しかし、この金言、役に立つだろうか。
役に立つと思えば役に立つ、立たないと思えば立たない、だと思う。
 
それでは、数学も国語もできるようになる普遍的な「勉強方法」はあるだろうか。
これは、「金言」より、もっと難しい。
運動における基礎トレに対応するもの、たとえば、漢字の読み書きとか、
計算練習とか、ごく基礎的な論理の運び方とかは、普遍的に役に立つだろう。
しかし、それだけで、各教科ができるようになるはずはないだろう。
 
ただし、小学生に関しては、確かに、算数にも国語にも有用な
「普遍的な方法」があるようだ。
それは、多くの小学生教育本に書かれている。
詳しくは、それぞれの本をご覧になるべきだが、それは、「生活習慣を良く
する(宿題の習慣化、早寝早起き・・・)」などということだ。
これらは、「普遍的に役に立つ一般論」だと思う。
 
しかし、これらの「普遍的な方法」=「一般論」は、主に小学生を対象にして
いると思う。その理由は、以下のようなものだ。
 
まず、小学生に関しては、
 
 1.生活習慣などの方が個別の教科の成績より優先される。
 2.生活習慣などは、親の気力でなんとかなる。
   (少なくとも低学年までは。)
 3.生活習慣の改善などで、個別の教科の成績も改善される。
  (おそらく、時には、劇的に。)
   つまり、一般論が、ちゃんと役に立つ。
 
ということが言えると思う。一方、中学生では、
 
 1.小学生時代に「良い生活習慣」ができても、中学生になると、
   崩れてしまうことがある。
   それは、部活動など、やむをえない理由であることも多い。
 2.小学生時代に「良い生活習慣」が身につき、しかも、
   中学生でもそれが崩れていない場合、「生活習慣の改善」
   などの一般論は、もう不要である。
 
ということになると思うのだ。
一般論が不要なら、各論ということになるが、その場合、
 
 1.「本人のやる気」などが重視される。
 2.個別の教科は、学校や塾の先生に任せる(しかない)ことが多い。
 
ということになる。
 
以下続く。