作文

ちょっと(?)問題がある思い出話。
 
私は、夏休みの宿題は、ドリル系のものは、すぐに終わらせてしまう方だったが、
習字とか作文とかは、最終日近辺に、母親に叱られ叱られ、やるのがルーチンだった。
で、ある年、どうしても、作文が間に合いそうもなかった。
すると、母親が、突然、作文を書き始めたのだ。
そして、それを参考に、作文を書け...と言うのだ。
もちろん、参考も何も、ほとんど、母親の書いたものを書き写したような気がする。
私は、ただ、宿題を終わらせたかっただけなのだ。
 
2学期がはじまってしばらくすると、私を含む数人が、放課後残された。
宿題の作文がよかった生徒だという。
「みんな、よく書けていたので、市の作品展(か何か?)に出したい。ただし、
 そのために、少し手直しをしなさい」ということだった。
私は、作文のモトがどうだったかなんて忘れて、手直しをした。
私の「直した作文」を見ると、先生は、不思議そうな顔で言った。
「○○(←私です)は、直せば直すほど、悪くなってくなー」。
まあ、そんなこんなで、というか、どうやったか記憶にないのだが、「私の作文」は
どこかに送られたらしい。
後日、ちょっとほめられた気もするが、それほどでもなかった。
 
その後は、その作文のある一節と、「直せば直すほど」が記憶に残るだけだった。
それから、ちょっと大きく(高校生?)なって、どこかの図書館に行った。
そこで、人気のない書棚を見ていると、「△△市教育委員会報」(か何か)があった。
「なつかしーなー。生まれ故郷の教育委員会かー」と、何気なく、その会報(?)を
手に取ってみた。
それから、パラパラっとめくると、なんと、あの作文が掲載されているのだっ!
優秀作品というより、参考作品というものだと思うが、それにしても、人口100万に
達しようかという大都市の教育委員会様(か何か)の会報(か何か)に掲載されて
しまうとは。△△市のみなさん、ごめんなさい。
 
その他に、母親がかんだ夏休みの宿題としては、(違う学年だったと思うが)絵がある。
これも、時間切れになりそうになると、母親が下絵を書いてしまったのだ。
それから、まあ、申し訳程度に、指導されながら、私もちょっと絵の具を塗って終了。
その絵もかなりほめられたのだが、それは、教室の後ろに貼り出されただけだった。
でも、先生、普段の私の絵と比べたら、どう見ても、おかしかったですよね?
絵が貼られている間中、ずーっと、いたたまれなかったです。