私の最近の勉強理論 4

人は何かをするとき、その成果に期待するものだと思う。
その期待がなければ何もできない。
(「やることが大事。成果などどうでもいい」という人もいるが、その場合、
 満足感(自己満足)が成果であって、その成果を期待しているのだと思う。)
 
それで、その成果が小さいとがっかりしてしまってやめてしまう。
だから、何かを続けるには成果を期待しすぎない方がよいと思う。
 
一応誤解をさけるために一言。
「期待」には、「口に出したりする期待」と「本心」があると思う。
たとえば、「口では目標100点と言いながら、本心では70点でいいと思ってる」とか。
その場合、その人が80点をとってもがっかりしないだろう。
一方、「口では目標70点と言いながら、本心では100点を期待している」ということもある。
その場合、その人が80点をとれば、心の底から打ちひしがれるかもしれない。
これはこれで興味深いのだが、今の議論では「本心の期待」のみを考えたい。
ただ、「自分の本心」がどこにあるのか、実は難しいと思う。
また、そういう「自分の本心からの期待」をコントロールできるのかという問題もある。
しかし、ここでは論じないのである。
 
「期待を小さくする」に関連して、「その日の勉強範囲を小さくする」という方針があると思う。
たとえば、「今日1日で分厚い参考書1冊を理解する」と思えば、それは「目標」だが「期待」でもある。
しかし、期待通りの成果が得られなければ、がっかりするだろう。
(上で言ったように「今日1日で参考書1冊を理解する」と本心で思っている場合である。)
 
そこで、「今日1日で参考書の1ページだけを理解する」というように、「目標」そして「期待」を
下げておけば、実現もできるだろうし、その結果「がっかりしてやめてしまう」ということも
ないだろうと思うわけだ。
 
ところが、これは前に書いた「英単語を1日10個覚える」などと同様なもので、
私個人の経験では、大変難しいのだ。あくまで私個人の経験だが。
(もちろん、この方式が良いと思う人は、ぜひやるべきだと思う。)
だから、もう少し考えたいのである。
 
続く。