勉強に必要な資質3

勉強の進み具合にもいろいろなパターンがあると思う。
 
おそらく、一番、充実感があって楽しいのは、創出が終わり、伸展・強化が
比較的平穏に長く続く場合だと思う。
それは、たとえば、方程式の勉強をして、だいたいわかり(創出期終了)、
易から難に並べられた問題集を解き進め(伸展と強化)ながら、
「なんか、わかってきたぞー」という思いを味わえるような場合である。
これを、ここでは、仮に「順調コース」と呼ぼう。
 
一方、前回書いたように、「創出→創出→変更→創出→変更→・・・」が
えんえんと続くような場合は、かなりつらいと思う。
これは、たとえば、方程式の勉強をして、だいたいわかったと思ったのに、
問題集の問題をやってみたら全然解けず、もう一度勉強をしなおしても、
どうもしっくりこない。考えてみると、方程式の前の「正負の計算」・
「文字の計算」が、どうもあやふやだった(わかったつもりだったのに)。
それをなんとか勉強しなおし(ここで挫折する人は多いが、しなかったのは、
とても偉い)て、ようやく方程式の基本問題はなんとか解けるようになった
と思ったら、応用問題が全然わからない。あーあ。これ、いつまで続くの?
・・・などという状態である。
こちらは、ここでは、「行ったり来たりコース」と呼ぼう。
 
まず、はじめに、(私だけの)言葉の定義の話だが、「行ったり来たり
コース」における、「創出」や「変更」は、「真の創出」「真の変更」
ではないのかもしれない。このような事態は、単に、基礎力のなさ、理解不足、
勘違いなどから起こるもので、実は、
「創出→創出→変更→創出→変更→・・・」全部をあわせたものが、
ひとつの「創出期」なのかもしれない。
 
とは言え、言葉の定義はともかく、一見、(小さな)創出期が繰り返されたり、
(小さな)変更が何度も現れることは、ある。
「行ったり来たりコース」は実在するのである。
 
そして、「行ったり来たりコース」になるのは、単に、本人の勉強不足に
原因がある可能性も高い。とは言え、実際に、勉強している内容が難しい
場合も、もちろん、ある。
指導者は、生徒が、勉強不足かどうか、見極める必要があるだろう。
しかし、それは指導者の仕事であって、本人の仕事ではない。
 
つまり、私は、勉強している本人が、「今、俺は、行ったり来たりコースに
はまってるな。これは、これまでの勉強不足が原因だろうか」と疑ってみる
ことには、もちろん、意味があるだろうけれど、それについて悩みすぎても
意味はないと思うのだ。
そのような場合、無慈悲、かつ、的確なアドバイスは、「悩んでるヒマが
あったら、勉強しろ」である。
 
もちろん、それだけでは、あんまりなので、続く。
 
ただし、少なくとも、「なんでもいいから勉強しろ」と言うのはおかしい。
だって、勉強が進まなくて困っているのに「勉強しろ」では解決できないはず。
一方、「それは、たぶん、基礎ができていないんだから、前のところをもう
一度復習しろ」は、当たり前だが、正しいアドバイスである可能性は高い。
が、それ言う前に、言っておきたいことがあるのだ。
(次第に、「自分へのアドバイス」になりつつある。)