小学校の教育

昨日書いたように、「教育の目的」は、家庭ごとに定めるしかなく、学校はその教育目的を
果たすための補助と考えるしかない、と思う。
しかし、それは学校を軽んじるつもりの発言ではない。
学校のすばらしさについては、たくさん語りたいことがあるが、そのひとつを取り挙げたい。
 
息子がまだ低学年で、私の教育ヲタ度も低かった頃、算数の授業参観でのことだ。
それは、引き算の授業だった。
「公園に子供が5人いました。2人帰りました。今、公園に子供は何人いますか?」という問題を
やっていた。もちろん、「5 - 2 = 3」で、3人だ。
この問題は、復習だったのだと思う。子供たちはすんなり答えていた。
それから、その日のメインの問題に移った。それは、「公園に子供が5人いました。何人か帰って、
子供は2人になりました。何人帰ったのでしょう?」というものだった。
その答も、「5 - 2 = 3」で3人だ。
 
私はこの2番目の問題を聞いたところで、めまいを感じた。
はじめの問題は、私にも説明できると思う。
しかし、2番目の問題を、「引き算」という概念が頭の中でまだ完成していない子供にどう
教えるのだろうと思ったのだ。まったく違うことなのに同じ式になることを子供たちは
納得してくれるのだろうか。
しかし、私がめまいを感じている間にも、先生は、子供の顔を描いた紙なんかを用意し、
おもしろおかしく説明をしていた。そして、どうやら、子供たちは、みんな理解したようだった。
それは、子供たちの顔の輝きでわかった。
こういうことを時間をかけて教えてくれる小学校というところは、なんてありがたいところだろう。
と思うのだ。