おばさんとテレパシーで会話した

電車で座っていたら、私のポケットから印鑑がころり。
で、隣のおばさんの、その、言いにくいのだが、お尻のところに。
慌てて取ろうとしたのだが、いや、待て、そこは危険地帯だ。
うっかり手を突っ込んだらお縄になるかもしれない。
と、躊躇しながら顔を上げたら、当のおばさんと目があった。
 
おばさんも私の気配を感じてかずっと観察していたらしい。
そして、「いいから、早く取りなさい」と言ってくれた。
いや、声に出してではなく、目がそう言っていたのだ。
テレパシーのようなものだ。
 
私はテレパシーで「すみません。それじゃ遠慮なく」と言って手を伸ばした。
のだが、どうもおし、、、いや、体に触れずには取れそうもなかった。
すると、おばさんは、「しかたないわね」と言ってお尻を上げてくれた。
テレパシーでそう言ったのだが。
 
ところが、姿勢を変えたものだから私の印鑑はさらなる奥地に転がっていく。
「何してんだ、俺の印鑑!」と私はテレパシーで叫んだ。
すると、おばさんは気が付いたようで、自分で手を入れて取ってくれた。
 
謝罪ともお礼ともとれる便利な日本語「すみません」と言って受け取った。
このときだけは、私は、テレパシーではなく、声に出して言ったのだった。
(おばさんは最後まで無言だった。
 が、「どういたしまして」とテレパシーで言ったのだと思う。)