私の最近の勉強理論 2

もう時間があきすぎちゃって続きだかなんだかわかんない。
けど、まあ。
 
小学生か中学生の頃、先生に言われた。
「何を勉強するべきか迷ったら、一番したくないのをやってご覧。それがたぶんやるべきものだから」と。
これには、「なるほど〜」と深く深く感心して、何回かやってみた。
(私は素直な子供だったのだ。)
 
ところが、3回目あたりからわけがわからなくなった。
と言うのは、「今一番やりたくないもの。う〜ん、数学だな。よし数学をやろう。って、あれ?
本当は数学がやりたくて、"数学が一番やりたくない"って思ったのかな。
本当にやりたくないのは、国語じゃないかな。よし、国語をやろう。
あ、でも、やっぱり国語がやりたくて、"国語をやりたくない"って思ったのかな。う〜ん」
なんてなってしまったからである。
(私は理屈っぽい子供だったのだ。
 ちなみに、一番やりたかったのは数学に決まっている。笑
 で、本当に一番やりたくなかったのは国語である。)
 
えーと。恩師を批判したいのではない。
先生のおっしゃることはなるほどもっともだし有益だと思うのだが、人間の(私の)心はうつろい
やすくて、そうそう思うようにはならないのだ。
 
で、何が言いたかったかというと、前回、「期待を意識してコントロールすることが重要では
ないかと思うのである」と書いた。これも「やりたくないものをやる」と同じ様に、自分の心に
向かっていく手法である。
「これが、先生のものより優れている」と言いたいのではない。
「人それぞれだから、なんとも言えない。でも、私はこれでやってみたい」という表明なのだ。
 
あまり進まず。
続く。